気づいたら


 一か月くらい日記放置していたみたいで、前回の日記で止まるのは非常に嫌なのでまた書き始める。(前回のままだと「俺たちの戦いはこれからだ!」で終わる感があったので)
 さて、この一か月何があったか。結構嫌な事があった。GWでは伊勢に行った。伊勢は最高だった。嫌な事ってのは書き「残したく」は無いなあ。ネガティブな文章を「ネットに残す」のては、何か呪詛を土地に固定するような感覚を覚える。
 何というか、大学卒業してから今年で8年目になる訳だけど、結構多難というか奇妙な人生を送っているよな俺は、と改めて思った。別に特筆すべき変な事ってのは無かったりするけど。んで、それで人並みの感覚というのはまだ獲得出来ていないのだ。某さんの言葉を借りるなら「人間を目指してる途中」という奴だ。
 その過程で「失う」ものが沢山あった。というか、この8年で沢山得て、そしてこの2年くらいで一気に失っている。今それをひしひしと感じている。
 「運が悪い」とか「行いが悪い」とか、そういう話にはしたくない。俺は大まかに言えば運命論者だし「そうなるようになる」と考えている。努力が足りなかったんじゃない。必要な努力は、本当に必要なら出来るようになっているのだ。俺がいきなり仕事をし始めた時のように。突然ピアノを教え始めた時のように。(弟子の前に教えた人がもう一人いて、その時は本当に突然機会が現れた)それまで出来る事は、自分の本音をどこにでもよいから曝け出して、同時に「客観的に」現状を認識する事だ。前者だけでもいけないし、後者だけでもいけない。
 何というか最近の「喪失」は「是正」なのではないかなとも思ったりする。歪んでいたものが、あるべき姿に是正されているような。でも、それは痛みを伴うし、その痛みを「仕方ないんだ」と知った風に処理してしまう事は、たぶん凄く良くない事だ。あとで修正するにせよ、自分の「身勝手な感情」は、一度は自分自身で肯定しなければいけない。「わかってます」と口から出てくる人は、本当はちっとも納得してないしわかっていない。
 本当に人生が上手くいったら、おそらく後から今年、そしてその前を振り返って「過渡期だったなあ」と思えるようになるだろう。今はまさにそんな感じで、本当に色んな事が渦巻いている。でも、もうちょっとだけ頑張ってみる。 昨日「マネーボール」を見た。あれは苦しくて意義がある映画だと思った。