赤い傷



僕の両顎には
それぞれ赤いニキビがある。


後輩にも「潰したらどうですか」と時々言われるが、
もう肉そのものが固まって容易には取る事が出来ない。
これはある事件が元で、僕の顔に貼り付いてしまった
ものだからだ。


小3の時だ。ゆるやかな山の中の、下り坂であった。
親と一緒にサイクリングをしていた僕は、自然を前に
ウキウキとしながら自転車を走らせていた。何故か後ろ
からどこかの飼い犬がついてきていて、可愛いんだけど
ずっと付いてこられると少し迷惑だな、とか、そんな事
を考えていたと思う。突如、自転車のブレーキが利かなく
なった。


緩やかな下り坂は、徐々に厳しく、凶悪なものとなって
いった。自転車は既に坂道に身を任せており、そのスピ
ードは簡単に止められるものではなかった。僕は両手で、
力いっぱいブレーキを握った。手には汗がかいている。自
転車は何の反応もない。父親の自転車は遥か後方だ。
スピードは更に上がっていく。助けてくれる人は誰もいない。
自転車は止まらなかった。


僕は悲鳴を上げた。




ふと目を覚ますと
僕はある小屋のベンチに座っていた。


傍で父親が心配そうな顔をして僕を見ている。体中が
酷く痛い。自分の頭に手をやってみると、ヌルリという
感触がした。血だ。両顎にもそれぞれ傷のようなものが
あって血を噴き出している。


父親が話すには、僕はあの後暴走した自転車に乗った
まま、曲がりもせず角に突進してしまったらしい。全く
記憶が無い。恐らくその前に意識を失ってしまったか、
あまりのショックでその前後の記憶が消し飛んでしま
ったのだろう。父親の話を聞きながら、僕はボンヤリ
とただベンチの上に座っていた。ふと足元を見ると先
ほどの犬がチョコンと座り、じっと僕の事を見つめていた。


「ひょっとして、お前の事を
心配して付いてきてくれたのかもな」




父親が言った。
この傷は15年経った今も残っている。