そういえば


 俺は「トリックスター」になりたかった。虚実織り交ぜて、きらめくようなアイデアに溢れていて、その中でフワフワする人間に憧れていたし、またそのように振舞っていた。既存の価値観から「はみ出す」事ばかりを是としていた。
 ジャズでも同じことを求めた。以前の俺はひたすら曲を「破壊」する事だけにこだわっていて、その「破壊」を如何に多彩に華麗に行なうか、という事に着目していた。
 皮肉な事に、既存の価値観をブチ壊すことを繰り返していると、その「ブチ壊す」事自体が陳腐化していく。
 コードもリズムも、ベースもドラムも無視して、後に残るのは何も無いガラクタだらけの荒涼とした荒地だった。そこまでは到達出来るようになった。問題はそこから先。そこで「何をしていくか」が俺に突きつけられた課題だった。「既存のアンチテーゼ」では無く「0からの創造」が新しく求められるようになる。それは今までと別の感性が要求された。和音「そのものの」響き、音「そのものの」響きに嫌でも着目せざるを得なくなる。それとの格闘は、俺の「即興」領域で今も続けられている。
 ふと俺は思い立ち、元々のジャズの領域に帰ってみることにした。すると、少し今までと見えるものが違う。「ただ破壊する対象」に過ぎなかったものが、よく見てみるとそれ自体に見えない価値が沢山詰まっていることに気付いた。そして、その価値を追い求めていくには全く技術が足りていなかった。なのでジャズと練習と研究を1から始める事にした。これが俺の「ジャズ」の領域でやっている事だ。
 たぶん、本質を探る作業に「正解」は無い。
 あったとしても、そんなの人間に届く範囲じゃない。俺らに出来る事はただ「近づく」だけだ。やればやる程奥の深さを感じる、そんな恐ろしくスリリングな楽しみを、願わくば出来る限り続けていきたいと思ってる。