そういや今日は終戦記念日



 な訳ですが、一無職として草君は面白いくらい何も感慨が無い訳で、それよりも外野で起こってる靖国論争の方が見れば見るほど興味深いというか、そちらの方に関心を持ってしまいがちになります。

そもそも首相は何故靖国に行くのか

 勿論政治的に意味があるからです。どのような意味があるかというと、まあそれは一つの解釈でしかないんですが、僕は「偏った外交バランスを是正する為じゃないかな」と思っています。日本は1945年の今日に戦争で負けて以来、沢山の国に頭が上がらないようになってしまいました。軍隊も作れないし(作らないのではなく作れない)、金を持っていても品位を疑われ、周りからはいつまでも「戦争の犠牲者」に大金を渡し続けなければならない。
 戦争とは爪痕を残すものです。普通は戦争の爪痕っつーと「空襲の被害者」とか「奴隷のように扱われた韓国人」とか「虐殺された中国人」とかを指し示しますが、日本という国はそれ以外にも大きな大きな爪痕を残しています。恐怖感。罪悪感。奴隷根性。自国に根ざす他国の軍隊。更に、隣国に「我々は戦争の被害者」といわれると反論できないという土壌を作り上げてしまいました。これは全部、60年前に戦争で負けたせいです。いや、戦争に負けた後、更に60年間負け続けたという方が正しいかもしれません。
 一般人は感傷に乗って「ああ、戦争はやっぱいけない事なんだ」と悦に簡単に浸る事が出来ますが、トップ政治家はそんな訳にはいかない。外交がありますからね。それぞれの思惑を秘めている他国と折衝して、出来るだけ自分達の利益を主張しなければいけない。そんな立場に立つ者として隣国の「日本には被害者だから何を言っても良い」という免罪符は、邪魔でしかない代物なのです。でも、今までは日本の首脳陣は何も出来なかった。自らもまた、罪悪感に縛られていたからです。他国だって自分達の利益を主張しなければいけない立場なので、自分達から免罪符を捨てる訳がありません。一回旨味を知ってしまった者は、その旨味を捨て去る事をしようとはしないのです。
 小泉首相靖国に参拝するのは失われたイニシアチブを取り戻す為なのです。
 これを正しいと見るか、間違ってると見るかは、それは人それぞれ。ただ、「中国韓国が怒ってるから」という理由で参拝を見合わせるような人は、やはり本質を見ていない、愚かな人だとしか言いようが無いのです。